フレッツ光 プロバイダを復旧させるには?
Yとの契約が成立したのは、二一月三日の発売日まであと二週間に迫った一一月二〇日のことだった。
発売日が追ってくると、話題が沸騰してくる。
これは爆発的に売れるぞという予感がするのは、商売人なら当然のことだ。
特にプレイステーションの仕入れ条件を聞いたからには、これは逃がしてはならないと、商売人なら誰でも思うだろう。
「販売底への仕切り率は、レコードと家電製品を参考にして決めたんです。
レコードは七〇パーセント、ビデオソフトでは七五パーセント。
そこで映像を主体としたゲ-ムソフトであるので七五パ-セントとしました。
ハ-ドは家電製品の却率を参考に。
家電製品はリベートの体系が複雑ですが、がないとすると、裸の掛け率は七01七五パーセント。
それなら、その上をとって七五パーセントとしました」(S)。
ところがSはまったく知らなかったことだが、ゲ-ム流通の慣行では、ハードの掛け率は八五~九〇パーセントという極めて高い数字だったのである。
つまり、これはハードではなくソフトで儲けるというあり方を示したものなのだが、「何しろ素人なもので、そんな数字だったとは、全然、知りませんでした」。
ということは、通常なら定価三万九八〇〇円の一〇パーセントの三九八〇円しか、販売腐のマージンはないのに、プレイステーションの場合は、三万九八〇〇円の二五パーセント、つまり一万円のマージンが得られるということだ。
販売底にとってこんなおいしい話は、めったにない。
しかも、話題が膨らんでいて、初日から大変な勢いで売れるのは確実な情勢である。
それなら、ささいな条件でもめるより、ここは鉾を収めて乗るのがよいという結論に、ヨドパシカメラなどの量販店は達した。
つまり、プレイステーションは一万円札をつけて出荷されているようなものなのである。
秋葉原の某量販唐の社長は、「いやあ、ありがとうごさいました。
お陰で、大いに儲けさせてもらいましたよ」とお礼の電話をくれた。
その後、この仕切り率ではあんまりだということで、値下げ(後述)を機会に調整したが、「いやあ、本当に素人でしたよ。
まるで知らないことだらけで…」(S)。
それでもその素人の強みを最大限に活かしたから、今のプレイステーションがあるのではないか。
現在でも、ボリューム・ディスカウントはないという原則は変わらず、仕入れ数で安くすることは絶対にしていないという。
プレイステーションは革新の連発であった。
それは広告戦略も例外ではない。
いかにユーザーの興味と共感を喚起するかという点で、プレイステーションはユーザー-コミュニケーションの革新を成したのである。
「ゲーIムというのは、映画に近いビジネスですよ。
ソフトの発売臼までどう話題を盛り上げるか、初日にいかに最初のゴールをもっていくかが、極めて重要です。
最終ユーザーにどう訴えるかということでは、これはまさにプロモーションビジネスですよ」と言うのは、S明である。
ゲームビジネスはプロモーションビジネスであるとの喝破が新鮮であり、ゲームをそう規定する」は、プレイステーションが鴨矢であろう。
そうであるなら、いかに訴求するか、そのプロモーションのアイデアと実行力が鍵になる。
その典型が、発売日の一九九四年二一月三日に向けて打った特殊なキャンペーンであった。
発売日がなぜ九四年一二月三日なのか。
広告作戦を仕切ったE雅司によると、「なんとなく・・・でした」この日は土曜日。
それまでは土曜日に新しいゲ-ム・フォーマットが出たことはなかった。
以前は、すべて金曜日に発売されていた。
といってもこれは、前例にとらわれずに、新しい流れを作ってやろうという意気込みでもない。
二一月はハイシーズンだから、遅くとも第一週を外してはならないとなると、「この日しかないんです」。
というのもゲ-ムのコア層には、すでにプレイステーションの情報は行き渡っており、彼らにとっての関心事は、「価格」と「発売日」のみであった。
そこで、発売日を彼らに印象付けることが、キャンペーンの最大の目的となる。
そこで代理唐の博報堂が提案してきたのが、「発売日が汐二三一uだったら、新しい表現ができますよ」Yが「いいねえ」と言って、それに決まった。
まず、狙うはコアのゲ-ムユーザーだ。
「全部のコアユーザーが買ってくれると、一挙に何十万ユーザーを持つプラットフォームになりますが、むしろその周りにいる一〇〇万人ほどのユーザーが獲得できれば大成功だと思いました。
周りのユーザーはコアユーザーの影響を大いに受けていますからね」(E)。
そのためにも、まずはコアユーザーをターゲットにする。
だから、告知は的確に行う。
たとえば佐伯は、マスコミから取材を受ける際、必ず意識的にセガの名前をリマインドするようにした。
「そのころ、すでに3DOがコケてきていましたからね。
家電系のゲ-ムビジネスは要注意と噛かれるようになっていました。
そこで意識的に面白い話をして、記者さんの興味を引くようにしようと。
そこでライバルとしてセ、ガさんの名前を連呼するようにしました。
面白い話を取り混ぜてね」。
なるほど、ソニー対セガのワン・パッケージで売り込んで、なるべく紙面に、取り上げてもらうようにしたわけだ。
マスコミはライバル対決が好きだ。
プレイステーションの発売と同年の11月22日(金曜日)がセガサタ-ンの発売目だった。
この日を狙って、プレイステーションのデビュー告知広告が始まった。
「一二月三日を待て。
プレイステーション、一二三でゲ-ムが変わる」一二月三日と「ワン・ツI・スリ-」を掛けた軽快な響き。
発売日の告知としては、一目で深く印象に残るものだ。
実は、この広告の形式は「ティザ-」(じらし)というもので、そのものズパリを出すのではなく、隠して見せることで、対象ユーザーの興味を引く、広告としては古典的な手法である。
それを、ゲー今ォーマットの立ち上がりに活用したのだ。
ゲ-ム業界では、この手法は珍しいという程でもないが、ここまでスマッシュに実行されたのは珍しい。
実はこの手法、Eがソニー時代に経験したものと閉じやり方で展開したものだ。
Eは、ソニーではオーディオ・アクセサリーの商品企画をやっていたが、マイナーなモデルばかり担当させられ、嫌気が差していた。
そこで社内募集に応募し、八五年一月八日、八ミリビデオの初代、CCD-V8の発表日に、宣伝部に異動。
八ミリピデオ担当になった。
なかでもEの大功績として、今でも語り草になっているのが、八九年のCCD-TRの大プロモーションだ。
それまでライバルのピクタ-のVHS|Cに押され、不利な立場に追い込まれていた八ミリビデオをたった一つで大逆転させ、その後の、八ミリピデオ全盛時代を招来したのが、あの初代パスポートサイズのCCD-TRなのだ。
Eは八九年三月、TRを初めて見たとき、「これはまったく問題ないじゃん。
売れるに違いない」と直感した。
そこで、採用したのがティザー作戦だ。
「これはもう絶対に目隠し(ティザ-広告)しかないと思いましたよ。
だって、るものだと思いましたから」。
五月三日のマスコミ発表日から、六月二一日の発売日まで、ティザ-でテレビ宣伝を大々的に流した。
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